カウンセリングや、心を扱う世界では、わりと
「感情」を重視する傾向があります。
感情をちゃんと感じましょう。
自分の感情をありのままに受け止めましょう、認めましょう。
未完了の感情は出してしまうといいですよ。
怒っても泣いても、何を感じてもいいんですよ〜。
はい、もちろんこれは王道です。
こういうことが必要なクライアントさんもいますし
まずは自分の感情がちゃんとわかる、っていう
この段階を経ることも確かに大事。
けれど、今日はあえて
そうじゃない見方も書いてみたいなって思います。
言ってみれば、ちょっと中級編ですね。
それは
あんまり感情を真に受けなくていいよ!
ってこと。
まあ、テキトーに流しとき!
ってこと(笑)
真反対のようですがね、
これもまたある意味真なり、で。
なぜなら、感情っていうのはほっといたって湧いてくるし、
それこそ、さざ波のように波立ち揺れ動く性質があるので
あんまりアテにならないもんだからです。
自分自身が「青空」だとしたら
感情は湧いてきては流れ行く「雲」のようなもの。
つまり、感情は自分自身そのものではなくて
自分の中に生じている「現象」だということです。
それこそ、時と場合と気分と体調によって
いくらでもコロコロ変わったり
あっちこっちブレたりするでしょう。
変わったりブレたり、がいけないんじゃないんです。
そもそも感情っていうのはそういう性質のもんなんだから。
「へー、今はそれが出てるのね」というかんじ。
だから、そんな揺れ動くモノについて
真剣に考えたり分析したり
ましてやそれを根拠にして何か判断しようとかしても
まあそんなに意味はないっていうか・・・
あんまりアテにならないでしょう。
「今確かに動いているコレが自分の感情だ!」
と思っていても
実はそれは過去の感情の再生だったりすることも多々あります。
特に、痛みや傷に関する嫌な感情の場合、
ほとんどが、幼少期に抑え込んだ感情・・・
まるで真空パックのように無意識に保存された感情が
解凍再生されてるだけだったりします。
やっぱり
「今の自分のリアルな感情ではない」
なのですよ。
そういうわけで
「感情は自分自身ではない」
これは覚えておくとよいことです。
「自分自身」ていうのは、もっと大きく広く
全体に広がる「空(そら)」のようなものです。
浮かんでくる「雲」に気がつき
眺めることができるのが「自分」です。
感情を見ている、気がついている
そっちの方こそが、自分。
その自分はブレないで静かです。
その自分を信じていられることが
真の自己信頼につながります。
ただ「そういう雲とか波のようなものが、今自分にやってきてるのだなー」
と捉えて眺められるのが、心とのつきあい中級者と言えるでしょう。
そして、もう一つ大事なこと言います。
感情は自分自身ではないどころか、
私たちは知らないうちに
他人の感情を拾って自分のモノだと思ってしまうことも
多々あるのです。
これも、知っとくといいよ。
感情っていうのはエネルギーで、
いわば、空気中を漂っている電波のようなものです。
で、無自覚に拾っちゃうんですよ。
ある場所に行って、なんか急に不安になってきたとか
なんかわからないけど急にイライラしてきたとか
なんかわからないけどドーンと落ちてくるとか
ないですか?
それは、空気中に漂う他人の感情とか
テレビや街頭の音声として流される感情を
知らないうちに拾っている場合があるからです。
でも私たち、けっこうそれを
自分の感情だと思っちゃうんですよ。
自分が不安。
自分がイライラ。
自分が落ち込む。
って思うわけです。
で、さらにそれをキッカケとして
「過去の自分の真空パックの感情」が誘発される。
他人の感情も
それによって引き出された過去の自分の感情も
混ぜこぜになって「自分の感情」と思うから
もう大変です。
大波に呑まれて「アレ〜〜」です。
そりゃあ、しんどいわけです。
だからこそ
「感情は自分自身ではない」という目線は
呑まれすぎないためのとっても強力なツールになります。
「ちょっと待って!」をかけよう。
「これ自分のじゃないかも。なんか拾ってない?」
そう思ってみて。
で、できたらその感情に
「あんた誰?どっから来たの?」と突っ込んでみて(笑)
答えはなくてもいいんです。
なんとなく、他人のかもしれないと感じたら
「これ自分のじゃないから!」と宣言して
自分の中から追い出しましょう。
息を吐いて「はい、出て行った!」と見届けてもいいし、
手をパッパッと動かして押し出してもいいかも。
それから「これって、自分の過去の感情かも?」
と思ってみるのもいいですね。
過去の感情の処理に関しては、ある程度
カウンセリングやセラピー的なサポートが有効なところではあります。
すぐにどれがどっち、と判断つかないかもしれないけど、
そうやって立ち止まるだけでも
むやみに呑まれることにはストップがかかります。
ですから、最初に戻りますが、
感情っていうのはそういう性質もあるので
表面的な感情の波立ちについては
あんまり真に受けなくていい
っていうこともできるわけです。
自分もそうなのだから、
他人だってけっこう、そうなんですよ。
自分も、感情の雲の奥に
青空のような自分がいる。
そう思えるってことは
あの人も、感情の雲の奥に
青空のようなあの人がいる。
って思えること。
そんな目で見てみるのはどうかな。
その視点が
新しい「自分と自分の関係」と
「自分と人との関係」を
見せてくれるかもしれません。
ちゃんと感情を感じることも大事。
でも、それに慣れてきたら
そんなに感情を真に受けない。
それもできたら。
両方あっていいですよね。