前回の続きです。
前回はこちら→言うこと聞きすぎ、期待に沿いすぎ・「やりたいことがわからない人」になる3つの原因1
やりたいことがわからなくなってしまうのはなぜなのか。
その原因の2つめ。
2.辛さ・悲しみ・怒りなど、ネガティブ感情にフタをしすぎ
人間には感情があります。
感情は、
うれしい、楽しい、ワクワク、好き・・・
などのポジティブなものから
悲しい、苦しい、怖い、腹立つ、嫌だ・・・
などのネガティブなものまで、
いわばポジ・ネガ両極あるものです。
それが当たり前。
けれど、私たちはなるべくならネガティブな感情を感じたくないと思ってしまうところがあります。
やっぱり、感じると辛かったり、嫌な気分になったりしますからね。
そうしますと、
感じたくないことは、感じないようにする
ということが、けっこう人間できちゃうものなのです。
それどころか
感じないようにする
ところから、さらに激しく
ないことにする
にまで持っていけちゃうのが人の心なのですねえ。
そういうものはべつにないことになっていれば、心の中にはそんなに波風立たないので、とりあえず平和を保っていられます。
だから、穏やかで問題がない。と
りあえず平和で普通。
オッケーじゃない??
って、一見みえるかもしれないけれど。
実は、恐ろしい代償を伴っています。
それは
うれしい、楽しい、ワクワク、好き・・・
も感じなくなってしまうこと。
ないことになってしまうこと。
感じないようにして感じなくなるのはネガティブ感情だけじゃないのです。
楽しいことも、うれしいことも、好きなことも、やりたいことも、はっきりと感じなくなってしまうのですね。
「ないことにする」、別名「フタをする」。
それは、感情を感じるという回路そのものを麻痺させることを意味するのです。
そうなると
そこそこ穏やかで問題がない。とりあえず平和で普通。
というメリットは得ているものの、
心の状態としては、全体にのっぺり、ぼやーんとしたかんじ。
なんとなくいつも
「さあ・・・よくわからないなあ。」
「まあ、こんなもんかなー。」
という感じがとても多くなってしまいます。
この状態にいたら、もちろん「やりたいことがわからない」のは当たり前ですね。
何をしたらうれしいのか、楽しいのか、ワクワクなのか、感じること自体がわからなくなっているので。
ネガもポジも平等に「感じる」を取り戻そう
このようなタイプの方の場合、あまりにも辛さや苦しさを感じすぎると危険だから、心が制御装置として、麻痺・遮断という対策をとっている可能性があります。
そうすれば、とりあえず心が壊れずにすむから。
そうすることで、どうにか生き延びてきたのです。
それが子供のころからずーっと続いていることもあります。
でも
そうなってしまったことを誰も責められないし、そうなってしまったきっかけの出来事や環境のことも
誰も責められないです。
仕方なかったんだよね。ホントに。
ただ、もう大人なのだから。
これからもっと楽しく、幸せをいっぱいに感じて生きる権利だってあるのだから。
その麻痺・遮断装置を、自分で解除していくこともできるのです。
少しずつ感じる、ということを取り戻していきましょう。
楽しいことも感じていいけど、嫌なこともちゃんと感じましょう。
両者はセットだから。
楽しいこと片方だけください!って言わないで(^ ^)。
平等に、お願いしますね。
まずは「今自分はどういう気持ちなの?」ってしょっちゅう自分に聞いてみる習慣をつけましょう。
聞いてみて、ゆっくり味わってみる時間をとりましょう。
嫌な気分でも「うわ〜、嫌だあぁ・・・」と感じて大丈夫です。
がっくり落ち込んだり、プンスカ腹立てたりでもいいじゃないですか。
こんどは自分の心に「波風立ててみる」のがこのタイプの方達にとっての練習です。
その気持ちをわざわざ人にぶつける必要はありません。
自分一人でじんわりと、ネガティブもポジティブも。
あらゆる感情を差別なく「ああ、そうなんだなあ」ってただ感じて、しばらくの間持ちこたえてみること。
これが、感じることを取り戻す練習になります。
もしも、あまりにも過去にフタをした感情が大きすぎて、自分の手に負えそうになかったら、カウンセラーやセラピストの力を借りてもいいでしょう。
過去の整理をすることで、驚くほど現在の風通しがよくなるものです。
あせらず、コツコツと。
ちょっとずつ、フタを開けて。
一枚ずつ、タマネギの皮をむくように。
そんな歩みの先に、いつか「自分のやりたいこと」が、タケノコのようにピョコッと顔を出す瞬間が来るかもしれません。