おだやかでやさしい人は
「いいよ」っていうの。
ほんとに「いいよ」って思うから。
それはがまんでも無理でもなく
受け入れてあげたいっていう
愛があるから
「いいよ」っていうの。
それを「寛大さ」ともいう。
そんな「寛大のいいよ」がたしかにある。
そんな「寛大のいいよ」を
何度も積み重ねてくると
だんだんその容量も
いっぱいになってくるのね。
それでも
おだやかでやさしい人は
「いいよ」っていうの。
その「いいよ」はいつのまにか
「寛大のいいよ」ではなくて
心の中でひっそりと
「もういいよ」になってるんだ。
もうしょうがない。
言ってもどうせ。
だからもういいよ。
っていうね。
それは「諦めのいいよ」なんだね。
おだやかでやさしい人は
ゴリゴリと要求を言えないから
「諦めのいいよ」で乗り切る。
いいよ。
いいよ。
でもいつかその「諦めのいいよ」も
容量がいっぱいになる。
そうするとね。
おだやかでやさしかった人が
ある日とつぜん
「もう無理、さようなら。」
ってなるの。
そりゃあ、まわりはわからないよね。
どうなっちゃったのか。
「いいよ」がとつぜん
「さようなら」だからね。
それが
おだやかでやさしい
「言えない人」の気持ちだね。
「言いたいことがあるなら
言えばいいじゃない!」
って「言える人」は簡単に言うけど
それが言えないのが
「言えない人」だからね。
言えないからこそ
「おだやか」だったりもするからね。
そして、言われたら
聞くより3倍言いたくなるのが
「言える人」だからね。
そうすると「言えない人」は
「聞いてくれないからもういいよ」
ってなるんだよね。
「いいよ」じゃなくて
よくないなら「よくない」と
一生懸命伝えられるようになるのが
「言えない人」の課題だけど
「言えない人」が
本当は何を感じているのか
少し静かに隙間を作り
守らず返さず
ただ聞けるようになるのが
「言える人」の課題だね。
あなたはどっちの人ですか?