「〇〇叩き」の心理・他人を叩く人は、実は自分を叩いている

young man shouting

■なんか増えてます?「〇〇叩き」
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他人のこと、誰かのこと、何かのことが
なんだかわからないけど、
イラっとする、ムカっとする
気に障ってしょうがない
文句を言いたくなる
何か言わなければ気が済まなくなる

ちょっと言ったらもう止まらなくなる
言い出したらもう、アレもコレも
今のことから、昔のことから、未来のことまで・・・
コノことから、アノことから
そういえばアレだってコレだって・・・
どんどん火の手は広がって感情がヒートする

いわゆる「〇〇叩き」もそんなかんじですね。
言って聞かせないとダメになるような気がして
どんどん叩く、突っ込む、
斬って斬って、叩いて叩いて
違う!違う!ちが〜う!!
まだわからんのかあ〜!!
そんなことはいけないのじゃ〜!
おまえはこんなに間違っとるんじゃ〜!ダメなんじゃ〜!
と・・・。

こういう「〇〇叩き」
最近ますます増えているようですね。

ちょっとしたことに過剰反応して
重箱の隅をつつくような正論で叩いて
潰すまでおさまらない、その衝動は何?

「〇〇叩き」の心理

実は。
こうやって、他人や自分以外のものを叩いてしまう
その裏では
他ならぬ自分自身のことをいちばん叩いています。

他人に向かって
「違う!何やってんだ!ダメじゃないか!」
とキツイ審判をしている背景には
実は、自分に対して
「これじゃいけない」というキツイ基準で審判して
「違う!何やってんだ!ダメじゃないか!」と
自分責めをしている、
という心理構造になっています。

他人を責めて叩く人は、
意識の下、水面下では普段から
それだけ自分のことを、責めて叩いているということです。

日ごろ、そんなにも自分のことを
「これじゃダメだ、いけないんだ」と責め続けているんですが
自分ではあんまりそのことを自覚していません。
自分のことは見たくないから、気がつかないのです。

自分のことを見ないためにこそ
他人や自分以外のいろんなものの上にそれを見て
「それじゃダメだ、いけないんだ、何やってんだ、バカものめが!」と
刃を外に向けるのです。

他人に正義の刃(やいば)を振りかざして斬る人は、
同じ刃で自分のことを斬っています。
他人のことを叩けば叩くほど、
深いところでは自分自身が叩かれてつぶされる思いをしています。

他人を叩く声は、
深いところの自分が
「叩かれて痛い、つらい、わかって!」
と言っている声なのです。

それだけ自己肯定感を持てていないんですね。
つまり自己否定が強い。
そして、それだけガマンを重ねて
自分を押し殺しているんですね。
自分自身に叩かれ、責められ続けているもう一人の自分が
悲鳴をあげているんですね。

しんどいね。つらいね。

今の日本で、人に対する寛容さが減っていたり
「〇〇叩き」が増加しているとすれば
それだけ、普段から自分を押し殺して、自分を責めて
罪悪感と自己否定で苦しんでいる人が増えている・・・
ということなんだと、私は解釈しています。

だからね、
つい他人を叩きたくなったり、責めたくなったりする時が
あってもしょうがないね。
そんな自分を
「あー、こんな自分はダメだ!」とまた責めないで。

ちょっと立ち止まって
「ん? 私、自分のこともそんなふうに責めてないかな?」
って考えてみてください。

「私、自分の言い分、聞いてあげてるかな?」
「『いけない!ダメだ!』と叩かれたまま
シュンとしているもう一人の私はいないかな?」

って感じてみてください。

みつかったら「そうか、ごめんね。」
「気持ちわかったよ。つらかったね。」
って、内なる自分に言ってあげてみてください。

自分のことをわかってあげられるのは
自分だけです。
自分が、わかってあげましょう。
自分を、ゆるしてあげましょう。

平和な世界を作るための最小単位

そういうわけで
他人を叩く人や、責める人があまりにも多い現状を憂いて

そんなことを言うべきでない。
もっと寛容に、優しくなりましょう。
お互いを受けとめ合う社会をつくるべきだ!

とか言っても、あんまりしょうがないと
私は思っています。

これは道徳とかマナーとかの問題ではないからです。
人の心と存在に関わる次元のテーマだからです。

他人に寛容になる前に、自分に寛容にならなくては。
他人に優しくする前に、自分に優しくならなくては。
お互いを受け止め合う前に、自分を受け止めなくては。

ぶっちゃけ、
他人を肯定できないのは
自分を肯定できていないからです。

これに尽きると私は思っています。

他人にいじわるするのは
自分にいじわるしているからです。

世の中が居心地良くないのは
自分の中が居心地良くないからです。

世の中が平和でないのは
自分の中が平和でないからです。

世の中に争いが絶えないのは
自分の中に争いが絶えないからです。

こういうことは、マザーテレサとか偉い方々が
とっくにさんざん言っていることですから
あえて私が言うことでもないですけれども。

でも、ほんとにそれしかないと私も思います。

だから。
本当に受け止め合う社会や、
平和な社会を作ろうと思うならば、
一人一人が自己否定から解放されて
自分をちゃんと肯定できるようになるところから。

一人一人が
自分の心の内側の鎖をはずし、鎧をはずし
重荷を下ろし、十字架を下ろし
スッキリと軽やかに
とらわれのない心になっていくところから。

そこが平和の最小単位ですから。

そう思って、私はこの仕事をしているのです。
私が関われるのは、ほんとうに少しだけだけれど。
サハラ砂漠の砂の数粒、
大海の一滴二滴かもしれないけれど。

一人の心が変われば、
その周りの数人の心が照らされるのです。
そして、その影響は確実に周りに及びます。

お母さんが一つ、心の荷物を下ろせば
家族の心も一つ軽くなります。

お父さんが一つ、心の鎧を外せば
家族の心も一つ近づくことになります。

社長さんが一つ、自分責めをやめれば
社員さんも一つ心が元気になります。

セラピーというのは、そういう仕事です。

一粒ずつ
一滴ずつ
一つずつ

自分責めをやめて、
本来OKだったことに気づいていくこと。
自分で自分に課した十字架を降ろして、
本来自由だったことを思い出すこと。

なんのために?

自分にやさしく、人にやさしい
より居心地がよく、平和で、受けとめ合える、
素敵な世界になっていくためです。

「自分に取り組む」とは
そういうところにつながっていく意味があります。
はじめ小さくても、
その先は大きな広がりに連なっているのです。

 


この記事を書いた人

大塚 あやこ

大塚 あやこ

人生転換の専門家・心理コンサルタント/作曲家/ピアニスト
一般社団法人ビリーフリセット協会 代表理事
 
東京芸大作曲科卒業後、演奏家・作曲家として活動。アーティストのツアーサポートや編曲、アニメやドラマのサントラ作曲等を手がける。
 
音楽での燃え尽き体験をきっかけに、心理カウンセリング/セラピーへ転身。
悩みの根本原因に迫るオリジナルメソッド「ビリーフリセット心理学®」を提唱し、がんばっているのに生きづらい人や、人生の転機に直面した人などを新しいステージへと導く個人セッションや講座を開催。「ビリーフリセットで人生が変わった!」という人多数。
 
活動6年で延べ4,000名以上の人生を好転させてきた他、カウンセラー養成講座も開催し門下の認定カウンセラーを多数輩出している。

◎一般社団法人ビリーフリセット協会代表理事
◎ツナゲル株式会社代表取締役

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