「がんばれない」にも理由(わけ)がある

 cat and boot

 

がんばれない人だっているから

前回は、ガムシャラにがんばってきたタイプの方達に対する
「がんばらなくていい」という言葉の奥深さについて考えてみましたが、
参考記事→「がんばらなくていい」の奥にある深い意味

今日は、ぜんぜん違うタイプの方、つまり
「そもそもがんばれない。これまでがんばったという経験がない。」
という場合はどうなんだろう?ということを
考えてみたいと思います。

「がんばれない」というのも大きな悩みのタネとなるものです。

がんばらなきゃいけないのは、わかってる。
がんばろうと思う。
でも、がんばれない。やる気になれない。
つい逃げてしまう。
「逃げちゃいけない」と思いつつ、でもやっぱり逃げてしまう。
がんばれなくて、逃げてる自分がイヤだ。
「こんな自分からは変わらなきゃいけない!」と思う。
でもどう変わったらいいかわからない。
変わらなきゃと思うと、なんだかますますシンドくなる。
やっぱり、がんばれない。
→最初に戻る→

ああ、シンドいですね。

がんばらなくちゃいけない!
逃げちゃいけない!
変わらなきゃいけない!

こんなに「いけない!いけない!」と自分に言っていたら
そりゃあ、元気も出なくなりますよねえ。
とりあえず、その「いけない!」言うのをちょっとやめて、
あらためて考えてみましょう。

やりたいことじゃないから

なんで、あなたはそれを「がんばらなきゃいけない」んでしょう?
それ、やりたいことなんですか?

「いや、やりたいわけじゃないけど、そうしなきゃいけないから・・」

・・・ですよね。
やりたいことだったら、そんなに悩まないものね?

てことは、その悩みは
「がんばれない」ことというより
「やりたくない。でもやらなくちゃいけない。」
ということだったりしませんでしょうか。

じゃあ、なぜやらなきゃいけないんですか?
誰のために、やらなきゃいけないんでしょう?
誰かに何か言われましたか?
言われたことを鵜呑みにしてはいませんか?
本当に、それをがんばらないといけませんか?
そうしなかったら、どうなってしまいますか?

「がんばれない」の理由として考えられるもの、その1は

やりたいことじゃないから

人間、やりたいことじゃないと、やる気はしないものです。
あたりまえ。
だから、やる気がしないんだったら
それは本当はやりたいことじゃない。
ということではないでしょうか。

「自分のやりたいことじゃない」ということを自覚せずに
「やらなきゃ、がんばらなきゃ」と思っているから
辛いループにはまるんじゃないでしょうか。

まず、認めちゃったらどうだろう??

「あー、それ、わたしがやりたいことじゃないんだわ!」

自分以外の他人の欲求のためだから

やりたいことじゃないとわかっていながら、それでも
「やらなきゃいけない、がんばらなきゃいけない」
と思っているとしたらそれは、
自分以外の誰かの期待や願望を叶えてあげなければならないと
どこかで思っているからかもしれません。

じゃあなぜ
あなたが自分以外の誰かの期待や願望を叶えるために、
自分じゃ全然やりたくもないことをやっているのか
というと、その人から
「嫌われたくない、好かれたい、愛されたい、見放されたくない」
といった思いや、
その人の意に添わなかったら
もう自分が生きていけなくなるような、
そんな恐れを、深いところに抱いているからかもしれません。

どんな形であれ
「怖さ」を避けるためにがんばっているのだとしたら
それは辛くてがんばれるものではありません。
がんばれないのは当然です。

そういう場合、問題の本質は
「がんばれないこと」ではなくて
その特定の人(親とか、いわゆる世間も含め)と自分との関係性、
そして、あなた自身の意志と自立にあるのではなでしょうか。

自分の欲求と、自分以外の欲求とを混同せず
そこに境界をひいて、自分の欲求を自覚すること、
自分の軸に重心を取り戻すこと。

そして、その「怖さ」とは何なのか。
それは真実なのか。
それに向き合うことが、ここから抜け出るカギになります。

夢があるのに、がんばれない場合

もう一つのケースは、
自分の意志があってやっているのに・・・という場合。

「だって、自分がなりたい未来や、夢があるのに。
 そのために、がんばらなくちゃいけないのに。
 でも、がんばれないんです。」

だとしたら、
その夢や未来像を描いた根拠はなんだったのか?
と考えてみることかもしれません。

ほんの一例です。たとえば
「女優になりたい!」という夢があったとして。
女優のどういうところに惹かれて、なりたいと思ったのか。

・舞台に立ってスポットライトを浴びる
・有名になってみんなから称賛される
・華やかな世界で生きる私

・・・などだとします。
とすると、この人が女優になることによって欲しいものは
「人の注目や称賛をあびて、自己価値を感じたい」
というところにあるのだと言えるでしょう。
「演技」という女優の本質よりも。

仮にこの人が、女優になるために
演技や発声やダンスの勉強をしたとして、
その稽古にどうも身が入らなくて、
「やらなきゃいけないのに、がんばれない」
と言っているとしたら、それはつまり
演技や発声やダンスという行為自体
それほど好きなわけではない、
ということを意味するのではないでしょうか。

だったら、がんばれなくて当然です。
好きなことじゃないんだもの。

この人が欲しかったのは「人の注目や称賛」であり、
「人の注目や称賛をあびれば、自己価値を感じられるのではないか」という漠然とした期待が、
「女優」という夢を導き出したのではないかと考えられます。

であるならば、この人は、自分の本当に好きなこと、やりたいことを選び直すとよいでしょうし、

それ以前に、「このままの自分では価値がない」という自己認識を癒し、書き換えてくという、心理的なプロセスも有効かもしれません。

「女優」は一つのたとえ話ですが
こんなふうに、自分が夢や憧れだと思っていることが、
実際の「その行為が好き」ということに
結びついていない場合というのは意外とよくあるので、
夢だったはずなのにがんばれないのだとしたら、
「その夢を叶えることによって、究極、何を得たいのか?」
を考えてみるのも一つかもしれません。

がんばるより前に、必要なこと

「がんばれない。やる気がでない。やりたいことがない。」

このような場合、私がもう一つ思うのは

・過去、とっても傷ついてきた
・過去、とっても怒っている
・過去、とっても悲しかった
・しかも、それをとってもガマンしてきた

そんな方達のことです。

いろんな事情で
過去にそんな思いをしなければならなかった方も
たくさんいます。
それはもう、小さい子どものころから、大人になった今まで。

そして、傷ついた、怒った、悲しい、
なんてことを言えなかった。
言うわけにはいかなかった。
だから、じっと一人でガマンしてきた。

そういう感情って、心の深くに
ずーっと積もっているものなんです。
ガマンという蓋(フタ)の下に
過去の痛い感情の層が
ずっと積もって、たまっています。

でも、心にフタをしているから、普段あまり感じません。
そのまま感じたら辛すぎるからです。

心にフタをしていると
痛い感情も感じなくてすみますが、
エネルギーも湧いてきません。

「やりたいこと」のエネルギーというのは、
この痛い感情の層のさらに奥に眠っているからです。

この痛い感情の層がズッシリ積もっていて、
なおかつそれにフタをしていると、当然ですが
「やりたいこと」のエネルギーは
出てくるスキマがありません。

だから、意識の上では
「やりたいこと?・・・ないです。」
としか感じられないのです。

やりたいエネルギーがわいてこないから
がんばる気力もわきません。

がんばれなくて、当然ですね。
それどころじゃないんです。

こういう方は
がんばるとかなんとか言う前に、必要なことがあります。

ガマンのフタをはずし、
フタをしてしまった諸々をちゃんと見てあげて、
ちゃんと泣いて、怒って
自分の感情をわかってあげることです。

それが解放、癒し、と呼ばれるプロセスです。

これにはカウンセラーやセラピストという
専門家のサポートが必要かもしれません。

がんばれない人は、まず
癒される必要があるんだと、私は思います。

たとえば、身体がケガしていて、血がドンドン出ていたり、
膿を持って疼いていたりする時に、
「がんばれ!」といってスポーツはやりませんね。

心も同じです。
心の中で、血が出ているのに、
膿を持って疼いているのに
がんばれるわけがない。

がんばるより前に、ケガ直そうよ。
ゆっくり休もうよ。

ケガが乾いて、ゆっくり休んで、元気になったら、
自然と、やりたいと思うことがわいてくるかもしれない。
がんばるのはそれからでいい。

私はそう思います。

「がんばる、がんばらない」いろいろあっていい

さて、「がんばれない」理由について考えられるケースはまだあるのですが、
長くなるので、機会を改めようと思います。

がんばる、がんばらない、がんばらなくていい
がんばれない、がんばろう、がんばれる

それぞれの人によって、
そして、それぞれのプロセスによって、
必要なことは違います。

がんばった人には「よくがんばったね」

がんばりすぎた人には「もうがんばらなくていいよ」

辛くてがんばれない人には「今はがんばらなくていいよ」

がんばってみたい人には「がんばってみようよ!」

がんばるのが楽しい人には「がんばって!」

いろんな「がんばる」があっていいんじゃないかと思います。

そして、なによりも
がんばることだけが善じゃない、ということです。
がんばったっていいけど、がんばらなくたっていい。
どっちだっていい。
どっちにしろ大丈夫なんだから。

結局ね、
今の自分がいちばんシックリきて、元気になる考えが、
今の自分にとって一番正しいんだと思いますね。

 


この記事を書いた人

大塚 あやこ

大塚 あやこ

人生転換の専門家・心理コンサルタント/作曲家/ピアニスト
一般社団法人ビリーフリセット協会 代表理事
 
東京芸大作曲科卒業後、演奏家・作曲家として活動。アーティストのツアーサポートや編曲、アニメやドラマのサントラ作曲等を手がける。
 
音楽での燃え尽き体験をきっかけに、心理カウンセリング/セラピーへ転身。
悩みの根本原因に迫るオリジナルメソッド「ビリーフリセット心理学®」を提唱し、がんばっているのに生きづらい人や、人生の転機に直面した人などを新しいステージへと導く個人セッションや講座を開催。「ビリーフリセットで人生が変わった!」という人多数。
 
活動6年で延べ4,000名以上の人生を好転させてきた他、カウンセラー養成講座も開催し門下の認定カウンセラーを多数輩出している。

◎一般社団法人ビリーフリセット協会代表理事
◎ツナゲル株式会社代表取締役

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