■プロだから「こんな話」が聞ける
私の個人セッションにいらっしゃる方は、
とても前向きで向上心が高く、目標に向かって日々コツコツと努力を重ねておられるような方がとても多いです。
向上心が高いからこそ。
前に進みたい、何かを変えたいと思っているからこそ
コツコツ努力するだけに留まらず、
それを支える自分自身の心のあり方や、時には
心の奥深くに存在する「見えない制限・ストッパー」の存在を感じて
向き合いたい、なんとか超えたいと思って
セッションまで足を運んでくださるのでしょう。
そんな方達の何人もが、セッションが終わった時に
ふとおっしゃることがあります。
「普段、こんな話ができる人はいないです。」
「こんなに聞いてもらえて・・・」
何人もの方がこのようなことをおっしゃるので、
私も、あらためて「そうか〜」と思うのです。
個人セッションでは、深い心の内を探求するのが目的ですので、
必然的に、お話はたいへんプライベート、かつデリケートな内容になってきます。
「本音」「本心」のお話になりますし、
いわゆる「重い話」「しんどい話」も多くなります。
・こんな話は、上司はもちろん、同僚にも、友人にも、
家族にも、相談できない。話せない。
・ちょっと話したとしても、どうせ説教されたり、
その人なりの価値観からものを言われるだけだから、話したくない。
・聞いてくれるかもしれないけど
あんまり重い話をしては向こうも困るだろうから、言えない。
・知っている人に、弱みを見せるようなことはできない。
おそらく、「こんな話ができる人はいない」の内訳とは
そのようなかんじではないかと思うのです。
そうなんです。言えないですよね。
周りの方達は、それぞれの場で、何らかの関係性がこれまでも
そしてこれからも、続いていく方達だからであり、
なにより、彼らは話を聴くプロではないからです。
それに対して
まったくの第三者であって、
自分の価値観を差し挟まずに話を聴くスキルを持ち、
重い話・しんどい話にも、ひるむどころか、むしろ興味があり
人のどんな感情も、受け止めることができる。
問題の核心となるポイントを見つけ出すことのできるカンと理論背景を持ち、
それを整理・変革する方法を知っている。
なおかつ、お金という条件があることによって
それらを全力で提供する意志を持つ。
それが、プロのカウンセラーやセラピストというものではないかと思います。
プロであるからこそ
「こんな話」をドーンと受け止めて聴くことができるのだと思います。
■重い話も大丈夫
「そんなに他人の重い話や困った話を聞いてて
自分まで引きずられて重くなったり、
何か悪いエネルギーもらっちゃったりしないのかしら?」
他の方からときどき聞かれる心配の声があります。
私の場合はこれまで、まったくそういう経験はありません。
セッションが終わると心は元気になっているのを感じます。
もちろん、集中力を使うことによる疲れを感じることはありますが、
決して嫌な疲れではありません。
なぜなら、どんなに重い話やシンドイ人生の話をされていても
その方の中には輝く本質のエネルギーがあり、
そこにアクセスしていけば必ず
何か発見や気づきや、謎が解けた歓びが、
その方の内から輝きだしてくるからです。
最後は、そういう輝きと歓びを見せていただけることがほとんどだから、
セッションを終えた後には、私もとても満たされているのです。
そして実際には、重い話に入り込むことよりも、
その話の奥から、謎解きのカギを見つけ出すことにフォーカスしています。
そのためには、相手の感情のドラマに巻き込まれない、
ニュートラルな話の聴き方、在り方というものがあります。
そういう訓練がベースにあることも「プロの話の聴き方」の違いだと思います。
誰にも言えない思いを抱え続けることのしんどさ。
1人で悶々と考えても、なかなか答えがみつからず
同じところをグルグル回ってしまうことの限界感。
周りの人に言えないゆえの、そんなループから脱出するために
私たちのような「話を聴くプロ」を使ってもらえたらうれしいですし、
実際、晴れやかなお顔で
「今まで、こんな話ができる人はいなかった」
と言ってもらえると、「あー、よかった〜」と私もうれしくなるのです。
大切な、自分だけの、ここだけの話ができる安全な場所。
そんな、肩の荷を降ろしていただけるような場でありたいと
願っています。