「嫌だ」と言ったら「我慢しなさい!」
そんなふうに言われて育った人も多く、大人になっても我慢を重ねて生きている人も多い・・・
それはこれまでの時代の「生き残りのための処世術」だったのです。
しかし以前では考えられないほど、もう時代は変わっています。
「我慢しないと世の中生きていけないぞ!」という脅しが意味をなさなくなっているのが今。
もう「我慢をしなくても幸せに生きられる!大丈夫!」と信じてもいいのです。
透明になってゆけ
新しい時代を軽やかに生きるために
頭と心がちょっとクリアになる
今日のお話。
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もう我慢しなくても大丈夫
こんにちは。大塚あやこです。
今日お届けするのは
もう我慢しなくても大丈夫
というお話です。
昔は「我慢」が当たり前だった
今の若い人たちはわからないけれど
一定年齢以上の大人たちにとって。。。 私たちって言っちゃいますけどね。
「我慢する」ってことは当たり前だったんじゃないでしょうか。
子供の時から「我慢しなさい」って結構言われてきませんでしたか?
欲しいものがあっても「我慢しなさい」
嫌なことがあっても「我慢しなさい」
我慢しなさいって言われて育った人、多いと思います。
そして今でも、仕事や家庭でいろんなことを我慢我慢で乗り切っている人が
たくさんいると思うんです。
これをもうちょっと大きい目で見てみると
これまでは我慢するのが正しいという時代だった
私はそんな風に見てるんです。
これまでの時代ってずっと苦しかった時代ですよね 。
いろんな意味で、厳しい時代です。
大変な生活に適応してこの世間に馴染んでいくためには、我慢するしかなかったという時代。
ほとんどの人がそうやって乗り越えてきた歴史があるんだと思います。
だから辛いことは我慢して生きる人の方がうまく生きれたし、世の中うまく渡れましたしね。
「我慢できないと世の中渡れないよ」
これは、それまでの厳しかった社会の処世術だったんじゃないか?
この「厳しかった」というのが何のことかと言うと
選択の自由がなかったっていうことです。
昔は封建的な社会で、職業選択の自由もほとんどなかった。
家族関係とかしがらみとか、地域や家族、血縁の結びつきが強いがゆえに
その中で生きるという選択しかできなかった時代です。
いかに我慢して乗り切るか。
それが最大の生き残り策だったからこそ、我慢が美徳だった。
そんなふうに私は思っています。
我慢しなくてもいい時代
でも、時代って本当に変わる。
ここ数年、いやまさに今年、本当に潮目が変わったなって感じます。
正直、そんなに我慢しても、もう良いことなんてなくなってきている。
我慢して、型にはまって合わせるより
自分がどうしたいかに忠実になって自分の選択をする。
自分の生き方を自分で作っちゃう人の方が幸せなんじゃない?
っていう価値観がだんだん増えているんですよ。
我慢なんかしなくても楽に生きていけている人とか、
我慢しないで自分の選択をした結果、今までよりずっと幸せに生きている・・・
そういう人たちがどんどん出てきているわけです。
「そんなことしたら生きていけないぞ」
なんて昔なら言われたような生き方が
今は平然と「でも生きてるよ」「全然幸せだよ」とかね。
現実にそうやって生きて幸せになっている人たちが存在しているのが今です。
不変だと思っていたものが崩れ始めている
かつては「我慢しなきゃ生きていけない」と思っていた
その世間とか世界という枠が、今ガラガラと崩れています。
絶対動かない、絶対変わらないと思っていたこの枠が揺らいで
「あれ?これ絶対じゃなかったのかもしれない」
という感じが今、世界的に起こっています。
大きなところから見ると・・・
ちょっと世界経済的な話になっちゃうけど
これまでのアメリカドルっていうのは絶対的な世界の基軸通貨でした。
だから、これを外したらもう世界では生きられない。
そういう常識が世界的にあったわけですよ。
どの国もドルで取引をする、アメリカドル1択の世の中。
それが今年に入って、目に見えてここにグラツキが来ている。
「BRICS」と言われる諸国が、ドルじゃない取引をする方向に流れ始めたんですね。
アメリカドル1択の時代には考えられなかったことです。
その枠を出たら生きていけないぞ!
っていうのが世界の常識だったから。
でも今年、これまでの枠を出ちゃって
「ウチらはこっちでやりましょうね〜」とよろしくやっちゃってる国々が増えているんです。
これ自体ものすごいパラダイム転換で、前代未聞。
今まで考えられなかったことが起こっているんです。
その外に出たら生きていけない
そう思っていた外側で、生きていけた!・・・どころか「もっと幸せですよ?」っていう現実。
それが今世界の国々で起こっていることです。
そういう世界という大きい枠組みで起こっていることが、
私たち自分たちの生きる日常という。小さな枠組みにも呼応しています。
今まで絶対に動かないと思っていた「世間」の枠が
変わってきたということなんですよね。
社会人とはこういうもの
会社とはこういうもの
人生とはこういうもので
家庭とはこういうもの。
この「社会」「世界」「生き方」みたいな枠が
それ1択じゃなくなってきてるんです。
だから、そこで我慢して、自分を殺して
「我慢していればそのうちいいことがある!」
なんて言って、その枠の中で我慢を続けてても
別に幸せにならない・・・っていうことが
みんな見えてきちゃったんです。
もちろん、人によりますけどね。そこが幸せだっていう人もいるでしょう。
でもそれ幸せじゃないんじゃないの?
って、薄々感じちゃってる人も増えてきているわけです。
1択の世界が変わってきた
今までの枠は、すでにそれ1択じゃなくなっていている。
「出ちゃってもいいんじゃない?」
「いや、その外にもあるんじゃない?」
「だったら我慢しなくても
好きなことやっちゃえばいいじゃん。。。」
っていうふうに、我慢するということ自体にもう耐えられなくなっている人が増えています。
実際、肉体的に限界が来て倒れちゃったり、
そこまで行かなくても
「もうこれ以上無理だな、もう頑張れないな」って本当に感じて
何とか次の道を模索しようとしているとか・・・
そういう人がこれだけ増えている。
これが今の現実に起こっていることだと感じるんです。
仕事もそう。
もう我慢しなくてもいいんじゃない?もっと別の道を探そう!」っていう人。
家の中でも
本当は居心地の良くないお家だったり
居心地の良くない家族だったり
パートナーだったり、色々ありますよね。
今までだったら我慢して乗り切るの1択だったものが
「いや、我慢しなくていいんじゃない?」
そんな風に思う人も、とても増えている印象です。
自分の望みを信じて大丈夫
何が言いたいかというと
もう昔の常識をもう引きずらなくて大丈夫です!
って言いたい。
やりたいことだけやりたい、なんて
昔はわがままって言われました。
「やりたくないことはやりたくない」
「やりません」
なんて言ったら自分勝手と言われたわけですよ。
だからやりたくないことも我慢してやって
やりたいことは我慢してやらない。
考えたらあべこべなことをやって「苦しい、大変」って生きてた。
これはもう、前の時代の生き方です。
もちろんその時代はしょうがなかったんです。
私たちの両親の世代とか
おじいちゃん、おばあちゃん世代は
それが精一杯だったから。
それはそれで「お疲れ様、ありがとう」でいいんです。
そこは尊重してあげていい。
でも私たちが生きているこの「今ここ」は
ここはもう変わってますよ!っていうことを
まず私たちが信じて、違う1歩を選択する
ということも大いにありだ、と。
そこを信じていいと思うんです。
お子さんがいたり
子供を教育する立場にある人たちも
「我慢しないとここから先世の中生きていけないぞ」
っていう恐怖を、もうリセットして大丈夫。
今の子供達にそんなことを叩き込むより
「あなたの心が望むことを、実現しようって望んで大丈夫だよ」
って、「大丈夫」を言ってあげられるような大人でありたいし、
そんな大人が増えてくれることを、私は望んでいます。
そのためにも、まずは私たち1人1人が
自分の心にあるちょっとした違和感、そしてちょっとした望みを無視しないで
なんとかしてあげようとしてみてください。
どうしたい?何が嫌?
じゃあこうしようか?
ああしようか?
って、実際にどうしたらそれが実現するのか
自分内会議を本当に真剣にもっとやってみる。
それでダメになる世の中ではもうなくなっている
ということを信じて、1歩前に出ていきたいなと思っています
そういう人たちの背中をドーンって押したいし
大丈夫だよって言い続けられる人でありたいですね。
今日はそんなお話でした。
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