人は「最善」しかやっていない

たぶん人って、自分が「最善だ」と思うことしかやっていないんじゃないだろうか。

それがどんなに苦しいことであっても。
理にかなわないことであっても。
たとえそれが世間からは
「悪」と言われることであっても。

諸事情しかたなくそれをする人は、その状況において「諸事情しかたなくそうするのが最善としか思えない」ので、その「最善」を行うんだね。

だからそれは、その人にとっては「最善」なんだ。

たとえば、やりたくもない嫌な仕事を毎日やっている人。
「こんなことがやりたいんじゃないし、いいことなんか何もない」と思っている。

でも、やっぱりそれをやっている。

「そんなこと言っても、これ以外に何かあるわけじゃない。これをやめたら食っていけるかどうかわからない。いまさらそんなこと考えたって無理。」

と思うから、そんなわけのわからない不安に身を任せたり、食えなくなって死ぬ思いをすることなんかより、やりたくもないけど嫌なことを毎日やって生きることが、生きるためには「最善」と思う。

家族のためには
親のためには
お金のためには
安全のためには
生き残るためには
それが「最善」。

だから、その「最善」をやっている。

たとえば、自分のやりたいことより、人の顔色ばかり優先する人。
自分の気持ちより人の顔色を優先することが、生きるためには「最善」と思う。

それをしなかったら
嫌われて
傷ついて
見捨てられて
孤独になって
生きていけなくなってしまう。

だから、それを避けるためには
人の顔色を優先することが「最善」。

だから、その「最善」をやっている。

いつも我慢ばかりして苦しそうにしている人。
ヘラヘラ笑って「調子に乗ってる」と言われるより、楽しそうに能天気にして「こっちはこんなに我慢してるのに」と言われるより、楽にゆったりして「怠けている」と言われるより、がんばって苦しそうにして我慢ばかりしている方が、人からとやかく言われず「最善」だと思っている。

人をさしおいて楽しそうにしてしまって罪悪感を感じるより、一緒に我慢して苦しそうにしている方が思いやりがあって「最善」だと思っている。

明るく楽観的に考えて、あとから「なにやってたんだ、ホレ見たことか」と言われるより、悲観ばっかりして「不安だ不安だ」と言っていた方が真面目そうに見えるし、責められなくて済むから「最善」だと思っている。

だから、その「最善」をやっている。

たとえば、ほんとは怒りたくもないのに、ついついカッとなって怒鳴って人を攻撃してしまう人。
孤独と恐怖に怯えた心の奥のちっぽけな自分を感じたくないがために、それを見られる、知られる、感じるくらいなら、自分から先に噛み付いて威嚇する方が「最善」と思う。

そんな自分のちっぽけな本当の姿があらわになったら、どうしようもなく自分が傷つくと思っているから、それよりも他人を傷つけてとりあえず孤独になる方がまだ「最善」と思う。

だから、その「最善」をやっている。

たとえば「汚い商売」をする人や、人を殺す人。
自分の利益を守るために、自分の得たいものを得るために、過去に自分を傷つけた他人や世間に復讐するためには、それをやるのが「最善」だと思う。

自分の欠落を一発逆転で解消するためには、それが「最善」だと思う。

「敵」とやらを撲滅することが、自分の安全のためには「最善」だと思う。

だから、その「最善」をやっている。

自分で自分を殺す人は、諸事情考えて自分が死ぬのが一番「最善」だとしか思えなくなるから、最善をやる。

「最悪、もうこれしかない!」と言ってやってることだって、事態を最悪と見て、これをやるのがただ一つの「最善」だと思うから、その「最善」をやっている。

そうやってみんな、自分の考える「最善」をやってるんだね。

もちろん一人の「最善」が、多くの人たちにとっても「最善」になったなら、それはすばらしいことだ。
それはかなり精度の高い「最善」かもしれない。
そんなうれしい「最善」だってもちろんあるよね。

そういう「最善」はとってもわかりやすい。

でもそんなのばかりじゃないから。
裏の、見えない「最善」もあるものなんだ。

周りから見たらどんなに変でも。
実際「最悪」でしかなくても。
「常識」から考えたらありえなくても。

その人の中の論理ではそれが「最善」だということになる。

だから人はいつも「最善」と思ったことをしている。

それが人の選択だと思う。

だから、私もあなたも、今やっているそれは、それが最善だと思っているからやってるんだ、きっと。

「いえ、世間で『善』だと言われるからやってるだけです!」っていうかもしれないけど、

世間で「善」と言われることをやってれば安全で大丈夫に違いない、と信じているあなたがいて、世間の「善」に従うことが生きて行く上で「最善」と思っているのでは。

だから、やっぱり自分が自分の「最善」をやっている。

どんなに「こんなのはもう嫌だ!」と思っても相変わらずやめられないとしたら、自分で気づかない「最善」を、自分がやっているのかもしれない、って思ってみるといい。

自分はどんな「最善」を選んでいるんだろう?

そんなふうに考えていくと、だんだんと自分の力を取り戻していくことができる。

「自分が選んでいる」という意識が、自分の力を蘇らせる。

「なんだ、自分が選んでたのか!」と思うと、気持ちが軽くなる。

自分のあずかり知らぬ力によって「こうなっちゃった人生」から
自分の選択によって「こうしていける人生」へと
ゆっくりと舵を切っていくことができる。

そして人もまた、ただそうやってその人の「最善」を行っているにすぎなかったのだと、人を許していくことができる。

 


この記事を書いた人

大塚 あやこ

大塚 あやこ

ビリーフリセット・カウンセラー/作曲家
学会認定音楽療法士
芸大作曲科卒業後、演奏家・作曲家として活動。アーティストのツアーサポートや編曲、アニメやドラマのサントラ作曲等を手がける。
深く人の心に関わるためには、音楽だけのアプローチでは限界を感じ、音楽療法を経てさらに本格的な心理カウンセリング/セラピーへ転身。
原理原則に基づいたオリジナルメソッド「ビリーフリセット®」を提唱し、ビジネスマン、リーダー、経営者、クリエイター等、影響力のある人を更にステージアップさせる個人セッションやワークショップを開催。活動5年で延べ3,000名以上の人生を好転させてきた。

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