やりたいようにやったら、人間ダメになる?
自分のことを考える、わがまま、自分勝手、
やりたいようにやる、好きなことだけやる
これらの言葉に、あまりよいイメージを感じない方も多いかと思います。
それはおそらく
やりたいようにやったら、
人間、ダメになるのではないか
周りの人間に迷惑をかけまくることになるのではないか
世の中メチャクチャになるのではないか
究極的には、
人を傷つけたり、盗んだり、殺したりだって、
平気でするようになるのではないか・・・
そんな懸念がはたらくからではないかと思います。
たしかに、やりたい放題、好き放題で
幼児がそのまま大人になったような人の姿を想像すると
恐ろしいような気がしますね。
でも、あらためて考えてみたいのです。
本当に人間の本質とは、
やりたいようにやったら、
平気で人を傷つけたり殺めたりするようにできているのだろうか?
ほっておいたらどんどんダメな方へ向かうのが
人間というものなのだろうか?
このあたりは、いわゆる
「性善説か性悪説か」という議論にもなるのかもしれませんが、
私はそうではないと考えています。
あくまでも私の見方ですけれども。
本当に自分を受容できたら、あえておかしなことはしない
本当に、あるがままの自分を受容して
真実の自分を取り戻し、
現実に対する眼がクリアーになったとしたら、
好きにやる、やりたいようにやる、としても
その時人は、あえて誰かを傷つけたり殺めたりなど
したいとも思わないんじゃないかなあーと思います。
なぜなら、
本当に自分を受容できた人は、
他者のことも受容できるからです。
本当に自分の心が自由ならば
人のことも自由にさせてあげられるからです。
自分の内側に争いがなければ
外側にも争いを引き起こさないからです。
自分が自分でいることに安らぐことができれば
変な刺激や興奮などを他に求める必要はなくなるからです。
その時、人が望むことは
あるがままの現実を受容することであり
世界のあるがままの秩序を取り戻すことであると思うからです。
内側に平和が満ちているならば
人は、そうそうおかしなモノを望むことはないのではないかと、
私は信じています。
そして、そうやって自分らしく生きることができたら
おのずと、その人がこの世界で果たすべき役割というものに
それぞれ就いていくのではないかとも、私は思っています。
だから、みんなが好き勝手に1日中昼寝ばかりして
世の中回らなくなるようなこともなく(笑)
ちゃんと必要なところで必要な人が
必要な仕事をするようになっているのではないかと。
それだけの多様性と活力が
人間にはもともと与えられているのではないかと思うのです。
逆に言うならば、
好きにやる、やりたいようにやる、と言って
もし誰かを傷つけたり攻撃したくなるとすれば
それは自分自身が傷ついて、自分を攻撃しているからです。
もし誰かから盗んだり奪ったりしたくなるとすれば
それは自分自身が欠乏感と虚無感にやられているからです。
もし際限ない欲望を燃やして暴走するとすれば
それは、本当の自分自身から目を背けているからです。
「やりたいようにやる」ことが問題なのではなく
傷ついた心、自分を責める心
足りないという心、虚しい心
本当の自分を感じたくない、見たくない心
が問題なのではないかと思うのです。
取り組むべきは、こっちです。
自分もうれしい人もうれしい、という場所へ
傷ついた心、自分を責める心
足りないという心、虚しい心
本当の自分を感じたくない、見たくない心
人生や現実に歪みを生み出すのは
こういう心が原因にあると私は考えています。
ここが変わらない限り、
いくら心がけても、抑えても、禁止しても
人間のおかしな行動は止むことがないでしょう。
ですから、こういうところに向き合って
成長・成熟して、
これらの苦しい心から自由になっていくならば
わがまま、自分勝手、
やりたいようにやる、好きなことだけやる
ということが、
自分もうれしい人もうれしい
ということに即つながる場所へと、至ることができるのだと
私は信じています。
そのためには必要なものがあります。
本当の自分を感じたくない、見たくない心
を打ち破って
あるがままの自分に向き合う勇気、直視する勇気。
そして、
傷ついた心、自分を責める心
足りないという心、虚しい心
が自分にあることを見抜く目。
そして
それがただ、昔思い込んでしまった「勘違い」だったことに気づく、
目からウロコ!の体験。
そういう積み重ねの道のりかもしれません。
本当に自由になるということは
自分の思考から自由になるということです。
真っ青な空のようにクリアーに
なんのこだわりもなく
やりたいことをやりたいようにやって、
やらないほうがいいと思ったことはやらなくて、
どうであってもなんでも OK!
という生き方がしたいな〜、と思いながら
私も生きている最中です。