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アーカイブ : 日々の雑感

セッション・講座・音楽 来年に向けていろいろ

セッション・講座・音楽 来年に向けていろいろ

個人セッション満席御礼 来年1月の個人セッション枠、満席になりました。 来月は土日にセミナーやイベントが集中してもともと枠数が少ないところへ、年内から継続のお客さま、新規のお客さま合わせて早いもの勝ちで埋まっていく状況。 かといって、他の業務との兼ね合いや私の体力気力なども考えると、これ以上枠を増やすわけにいかず、ありがたくも...

大丈夫じゃなくても大丈夫

大丈夫じゃなくても大丈夫

べつに 特にないから大丈夫   あ、私? だいじょぶ、だいじょぶだから   これまでもそうだったし まあそんなもんだから   あ、それはないない 大丈夫   前はそんなこともあったけど 今は全然そんなことないから 大丈夫     そうやって 大丈夫、大丈夫といって がんばってきたねえ   がんばってきたとも思わないから べつに...

絶望しても信じている

絶望しても信じている

心の探究というのは 愛とか光とか空とかそういうものを求める方向にフォーカスする道もあるけど、 苦しみとか煩悩とか勘違いとかそういうものを外す方向にフォーカスする道もあると思う。 どちらにしても行き着くところは同じ。きっとどちらも本当でどちらも必要なのだろう。 で、自分はどっちがピンとくるか。そういうこと。 私は後者なんだ。 人...

深い悲しみは志に変容する

深い悲しみは志に変容する

今日は少しプライベートな日記です。 ある日一本の大木が 先週、とっても悲しいことがありました。 私はふだん、そんなに感情の起伏が激しくないせいか、あるいは、たいして問題やストレスがない生活を送っているせいかここまで悲しいと感じたことって、ほんとに何年ぶりだろうと思うくらい悲しいことでした。 それは、一本の大木が切り倒されたこと...

究極の煩悩は「自分で自分がわからない」こと・ビリーフリセット理論で煩悩を考える3

究極の煩悩は「自分で自分がわからない」こと・ビリーフリセット理論で煩悩を考える3

わからなければ対処しようがない 貪るのはいけない!貪るのはやめよう!思っても 怒るのはいけない!怒るのはやめよう!と思っても 煩悩をどんなに、断とう!捨てよう!なくそう!としても また出ちゃった、またやっちゃった、我慢しきれなかった・・・ またか、またか、の繰り返し。 やっぱりダメ、やっぱりムリ、やっぱり自分は・・・ 失望と自...

怒りは意思でコントロールできない。ビリーフリセット理論で煩悩を考える2

怒りは意思でコントロールできない。ビリーフリセット理論で煩悩を考える2

怒ってないフリはできるかも。でも怒ってるでしょ 仏教において心の三毒といわれるものの1番目が、貪(とん)= むさぼり でした。 前回の記事はこちら→ そして2番目が、瞋(じん)= いかり たしかにねえ、それはいかんよねえ・・・と思うくらいわかりやすいですね。 確かに怒りはやっかいな感情です。 自分も苦しいけど、人も苦しくさせま...

煩悩は「断つ」ものなのか?ビリーフリセット理論で煩悩を考える1

煩悩は「断つ」ものなのか?ビリーフリセット理論で煩悩を考える1

人間はなぜ苦しむのか   「生きる意味とは何か」「人間とは何か」「自分とは何者か」とか 「使命とは!?天命とは!?」とか考える人は、だいたいにおいて生きるのが苦しい人です。   はい、私がそうでした(笑)。   そういうこと考えないと、なんで苦しい思いして生きなきゃならんのかわからないし、 意味があると考えなきゃやってられない...

秋の高野山で、昔の人の驚異的な伝聞力に思いをはせた

秋の高野山で、昔の人の驚異的な伝聞力に思いをはせた

秋の高野山へ行ってきました。 高野山は標高が高いため季節の巡りも早く、ダウンコートが丁度良いほどの肌寒さ。おかげで紅葉真っ盛りに当たりました。 私にとって高野山はこれで4回目。毎回来るたびに、なんらか書き残しておきたくてこんな過去記事があります。 1回め 高野山へ行ってきました 2013年6月2回め 今年も高野山へ行ってきまし...

わかってくれる人が誰もいなくても

わかってくれる人が誰もいなくても

わかってくれる人が誰もいなくても心に決めたことをやり続けるべき時期というのがきっとある。 決めた自分だけを信じてただ黙々と足を進めるべき時期というのがきっとある。 とぼとぼと一生懸命うす暗い道を一人で歩き続けたその先に わかってくれる人達がいる新しい世界が開けてくる。 なぜなら 一人で歩いているその間あなた自身だけが 自分のこ...

自己肯定とは、自分を肯定することではない

自己肯定とは、自分を肯定することではない

自己肯定とは   否定をやめて、自分を肯定することではない。     ほんとのところ   否定か、肯定か、ではない。     なぜなら 肯定があるところ、否定がある。 否定があるからこそ、肯定がある。 肯定しようと思ったとたん 裏には否定が張り付いている。 肯定は、否定と裏表で成り立っている。 肯定か否定か・・・ それ自体が思...

飛躍のための心理コンサルティング

SONORA STUDIO(ソノラスタジオ)東京・六本木

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